「朝月夜」(アサヅクヨ)⑬・・・こちらは戯言創作の部屋
ろうそくの灯りは、どうしてこんなにやさしいのだろう。
太古の昔から、灯りは人々の心の拠り所だった。
灯りの下に人々は集まり、語らい、食事をした。
そしてそこに愛が芽生えた。
古(いにしえ)の人々の生活に思いを馳せながら、私は鶴ヶ城のろうそくの灯りを見つめていた。
たけのこ型に作られた陶器の燭台は、小さなお地蔵様のようで、斜めに切り取られた孟宗竹の中で、ゆらめく炎はかぐや姫を連想させた。
「愛」 「希望」 「夢」 「未来」。
地元の中学生が作った燭台に書かれた文字は、春を待つ会津の人の心。
彼は何度もシャッターを切り、「来てよかった・・・」と呟いた。
それにしても冷える。
寒さが足元から這い上がってくる気がした。
ろうそくの灯りを熱心に見つめている彼に「帰りましょう」とも言えず、私は彼の傍らで震えていた。
その内にちらちらと雪が舞い降りてきて、会場はよりいっそう、幻想的な雰囲気に包まれた。
鶴ヶ城を雪と光が包む。
ライトグリーンにライトアップされた鶴ヶ城とそれを取り巻く、幾千のろうそくの灯り。
「ろうそくまつり」が、別名「ゆきほたる」と言われる由縁が解ったような気がした。
「寒い・・・」つい、口に出してしまった言葉に、彼が気付き、「戻りましょうか?」と言った。
もう限界・・・と思っていた私は、待ってましたとばかりに「うん、うん」と頷いた。
駐車場に戻ると、運転手に「あれ?もう戻ってきたんですか?天守閣には行かなかったの?」と聞かれた。
天守閣・・・?
と、私が不思議そうな顔をすると、「天守閣に上ると、全体が見渡せてそりゃあ・・きれいなんだけどなあ」と、言った。
私と運転手の会話を理解できない彼は、すでに、カメラをバックにしまっていた。
彼に申し訳ない気もしたが、もう、引き返す元気が私にはなかった。
「ホテルへ行ってください」
私は、凍える手に息を吹きかけながら、運転手に告げた。
ホテルの正面玄関の車寄せで車を止め、トランクから荷物を出しながら、運転手は私に「素敵な夜を・・・」と言った。
無骨な運転手に似合わぬ言葉に、私は意味を取り違えて俯いた。
そんな私の気持ちを察して、「ゆっくりと温泉に浸かって、うまいものを食べてという意味ですよ」と言い、豪快に笑った。
私たちは、運転手に今日一日の礼を言い、ハイヤーが走り去るのを見送った。
自動扉を開けると、別世界のような暖かさと、従業員のにこやかな笑顔が私たちを迎えてくれた。
駅前の観光案内所で紹介された・・・と、名乗ると、「お待ちしておりました」と、フロントのカウンターに案内された。
そこで私は、宿泊カードに自分の名前を記入し、「同行者1名」と、書き添えた。
通された部屋は、外観から受けたイメージと違い、純和風の落ち着いた和室だった。
案内してくれた、女性従業員から手渡されたパンフレットには、「会津で過す二人だけの大切なひととき」と書かれていた。
その文字を見つめていると、「お食事はいかがいたしますか?」と聞かれた。
希望により部屋まで運ぶこともできるし、最上階の「食事処」で食べることもできると言った。
私は、「夜景を見ながらの夕食」を選択した。
口数の少ない彼と、二人きりの夕食は、会話も途切れがちで、間が持てないような気がしたからだ。
さらに「浴室はお部屋にもございますが、今からお時間の予約をしていただければ、お二人だけで入れる貸切の露天風呂もございます」と言った。
老舗のホテルや旅館に限らず、従業員が宿泊客のプラーベートを詮索するのは、マナー違反と教育されているはずだ。
明らかに夫婦でないとわかっても、それを装うのがルールとされている。
だからこそ、このような説明がなされるのだろう。
「貸切露天風呂」のことは、「結構です」と言って終ったが、この時ばかりは、彼が日本語が解らない人でよかったと思った。
次に「お休みになるときはこちらのお部屋で・・・」と、隣の部屋に通じる襖を開けた。
おそらく私は、その瞬間、顔色が変わっていたと思う。
ここに通された時から、部屋はふたつあるのだと解っていた。
その時点で私は、各部屋に一枚ずつ布団を敷いて・・・と、すでに考えていたのだった。
備え付けのテレビの使い方や空調の調整の仕方も上の空で、私は、ふたつ並んだセミダブルのベッドを見ていた。
ひと通りの説明を終えると、女性従業員は、「それでは、どうぞごゆっくり」と言って、部屋を出て行った。
その間、彼はずっと窓辺で、タバコを吸いながら、外を見ていた。
篝火が焚かれた中庭は、先程から降り始めた雪で白くなりかけ、遠くに流れる川音が聞こえていた。
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