「朝月夜」(アサヅクヨ)⑭・・・こちらは戯言創作の部屋
ホテルの最上階からは、会津の町が見下ろせた。
夜の闇の中で、ライトアップされた鶴ヶ城が、薄緑色に輝いていた。
僕達は、今日一日、観て回った会津の町のことを話しながら、夕ご飯を食べた。
賑やかな他のテーブルに比べて僕たちだけが静かだった。
「インスさんは、お友達と一緒の時もあまり喋らない人?例えば・・・お酒を飲みに行っても、ひとりで静かに飲んでいるとか・・・」
「場を盛り上げる、ということが得意ではないんです」
「いるのよね・・・そういうのが得意な人」と、言って君は笑った。
「やはり女性は、話し上手な男に惹かれますよね?」
「そうね・・・黙ってると、何考えてるのこの人・・・?って思っちゃうかも」そう言って君はまた笑った。
「無口な男は嫌いですか?」僕の問いかけに君は黙っていた。
またもや、的外れな質問をしてしまったと、思った。
「小学校の・・・3年生の時、クラスにとても無口な男の子がいたの。あまり笑わず、とても静かな子・・・。ある時、それを理由に何人かのクラスメイトが、その子をからかったの。それでもその子は何も言わず黙ってた。担任の先生がからかった子にこう言ったわ。たくさんの言葉で相手を罵るより、無口な方が尊いと言うことに気付きなさいって・・・」
君は、幼心にもその先生の言葉がとても印象に残っている・・・と言った。
僕は、自分の少年時代を思い出していた。
けして静かな子供ではなかった。むしろ仲間と騒ぐのが好きな子供だった。
いつの頃からか、他人と合わせるのがなんだか億劫になって、自己主張することが苦手な大人になった。
「私は、饒舌な人より、静かな人が好き・・・。言葉は少なくても、心が豊かな人・・・」
「ユキさんの恋人はそういう人ですか?」
言ってしまってから、またも僕は後悔した。
君に恋人がいようがいまいが、僕が詮索することではなかった。
「そういう人にめぐり会えたらいいな・・・ってことです」と君は答えた。
部屋に戻るため、下りのエレベーターに乗ると、君は何かを思い出したように、「1階」のボタンを押した。
「どこへ行くんですか?」と僕が聞くと、「あなたの宿泊予約の延長をしなければいけなかったことを思い出したんです」と言った。
フロントのカウンターで、今夜は二人でここに泊まるが、その後は、僕だけが、滞在することを、君は係りの男性に伝えた。
おそらく、係りの男性は、今の部屋をそのまま使いますか?と君に聞いたのだろう。
君は、「あの部屋はひとりでは贅沢よね?」と言った。
そして、僕のために、シングルの部屋を予約してくれた。
部屋まで案内してくれた女性従業員が、隣へ通じる襖を開けた時、僕の視界の端に飛び込んできた、セミダブルのベッド。
あの部屋は、確かに・・・ひとりでは贅沢と言うより、広すぎる・・・と、僕は思った。
「お酒でも飲みますか?」僕は、ホテル内にあるバーへの入り口を指差して言った。
「ごめんなさい。お酒よりも、お風呂に入って、早く寝たいんです」
「疲れましたか?」
「少し・・・」
そう言えば、食事もあまりすすんでいなかったようだと、今になって僕は気が付いた。
ひとりでは飲む気になれず、結局、僕は君と一緒に部屋に戻ることにした。
「せっかく、温泉に来たのに、入りに行く元気がないわ・・・。私は、部屋のお風呂で済ませますから、どうぞ、行って下さい。ひとりで行かれますよね?」
日本語が解らなくても、温泉くらいはひとりで入れる。
そんなことよりも、温泉に入る気力もないほどに疲れさせてしまったことに責任を感じ始めていた。
しかし、君がお風呂に入っている間、部屋の中で待機しているのも妙な気がして、僕は、ひとりで温泉に入ることにした。
部屋に戻るとすでに君の姿はなく、遠慮がちにわずかに襖を開けると、君はすでにベッドの中で横になっていた。
声をかけるのも悪い気がして、僕はそっと襖を閉めた。
窓辺のイスに座って、昼間、酒蔵で買った、日本酒の瓶の蓋を開けた。
コップに酒を注ぎ、口に運ぶ自分の姿が、窓ガラスに映っていた。
女性と二人、同じ部屋に宿泊しながら、口説くこともせず、一人、窓辺で酒を飲んでる自分が、おかしかった。
中庭の篝火は、降り続く雪のせいで、勢いを失っていながらも、静かに燃え続けていた。
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