2010/05/24 19:53
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<54話>

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★BGM「スミレ」~冬ソナ・OST~






久しぶりのソウル。

その中心部にあるコンサート会場。

5年前、ここで、米国の歌手Mを招いてコンサートが開かれた。

あの時・・・。

大き過ぎるほどの責任感を背負って、僕は照明監督を引き受けたのだった。

僕に内緒で、コンサートを見に来たユキと再会したのも、このロビーだった。


もう、5年になるのか・・・。

「インス!」

懐かしい声に振り向くと、笑顔のマリが手を振っていた。

傍らには小さな女の子が立っていた。

その子が、マリの手を振り払い、僕に向かって走って来た。


「おじちゃん、こんにちは」

ニューヨークで生まれ育ったはずの子が、上手に韓国語を話した。

「ちゃんと挨拶が出来るんだね」

「うん!」

「マミ・・・ちゃん、だっけ?何歳?」

「3歳!」

マリの娘マミは、小さな指を3本立てて僕に見せた。


「韓国語だけじゃないのよ。英語はもちろん、日本語も・・・私が教えたの」

「将来有望だな」

「父はすでにマミをあてにしてるわ」

そう言ってマリは、笑った。


「マミがいるからゆっくり・・・って、わけにもいかないけど。時間ある?お茶でもどう?」

「打ち合わせまでには、まだ間があるから、僕はいいけど。君は・・・?ご主人はいいの?」

「インスの口から、ご主人・・・なんて言葉を聞くと変な気分」

「じゃあ、何と言えばいい?」

「ま・・・何でもいいけど。大丈夫よ。リハーサルに入って、そのままずっと・・・コンサートが終わるまで会えないから」


「僕のことは何て・・・?」

「ソウルでお世話になったおじさん」

「世話になった・・・おじさん・・・?」

「他に言い方がある?」

マリは小さく笑って、マミの手を引いて歩き出した。


                 


僕たちは、近くのカフェに場所を移し、改めて再会の挨拶を交わした。

「長い間会っていなかったのに、そんな気がしないよ」

「そうね・・・私も。さっきからそう思ってた」


ブランクを感じさせないのは、マリが頻繁にメールや絵葉書を送って来ていたからだろう。

ロスでの生活の様子。

かつての恋人、カズヤとの再会。

そして、結婚。

娘マミの誕生。

折に触れて、マリは僕に便りを寄越した。


「でも、君は変わった」

「えっ・・・どんな風に?」

「すっかり母親らしくなった」

僕は感じたままを言った。

「相変わらず、きれいだよって言ってほしかったなあ」

「相変わらず、きれいだよ」

僕たちは顔を見合わせて笑った。


コーヒーを飲みながら、互いの近況報告をしている僕たちの傍らで、マミはおとなしくジュースを飲んでいた。

それでも、ふたりの会話が気になるらしく時折、僕の様子を窺うそぶりを見せた。


僕は、「マミちゃんは、パパとママどっちが好き?」と聞いてみた。

「ママ」

マミはためらわずに答えた。

「どうして?」

「だって・・・パパは、マミとあそんでくれないもん」

「それは、お仕事があるからよ」と、マリが言った。

「よそのおうちのパパは、にちようびはおうちにいるのに、マミのパパはにちようびもおしごとなの」


「マミちゃんは、パパのことが好きなんだね」

マミは、「うん!」とうれしそうに答えた。

「おじちゃんは、にちようびはおやすみ?」

「お仕事のことが多いかな。マミちゃんのパパと同じだよ」

「おじちゃんのこどもは、さびしいっていわない?」


僕は、思わずマリの顔を見た。

「僕は・・・結婚してないから、子供はいないんだ」

「そうなの・・・。どうしてけっこんしないの?」

「どうして・・・って、聞かれても・・・困ったなあ」

「おじちゃんを困らせるようなこと言っちゃだめよ」

母に叱られたと思ったのか、マミはうなだれた表情をした。


「お嫁さんになってくれる人がいないんだ。マミちゃん、僕のお嫁さんになってくれる?」

マミは、一瞬考えた後、「パパにきいてみる」と言って、僕を笑わせた。

それから、マミは会話に加わることもなく、椅子にもたれて持って来た絵本を読み始めた。


                  


「ところで、フランスではロマンスは芽生えなかったの?」

「仕事のことばかり考えていたからなあ」

「忙しくたって、恋愛はできるでしょ?」

「君も僕を困らせる質問をするんだね」

「困らせるつもりはないけど・・・」

「パリジェンヌを口説くほどの語学力がなかった・・・って、ことだな」


ふと気づくと、絵本を読んでいたはずのマミが居眠りをしていた。

「あら、やだ・・・眠ってる」

マリは、マミを引き寄せると、小さな頭を自分の膝に乗せてマミを寝かせた。

僕は、来ていた上着を脱いで、そっとマミに掛けてやった。


「運命って信じる?」

2杯目のコーヒーを飲みながら、マリが言った。

「運命?」

「ニューヨークにいるはずの彼と、ロスで偶然出会った時、これが運命なのかしらって思ったわ」


会えるはずのない場所で、会えるはずのない人と出会った偶然。

それを、運命だと言うマリに、僕はちょっと嫉妬した。


「僕とのことは?」

だからこそ、意地悪な質問が口を突いて出た。

「インスとは、不思議な縁・・・って、思う」

「不思議な縁か・・・」

確かにそうかもしれないと、思った。


「別れても、いつも気になって。いつも少しだけ関わっていたくて・・・メールや絵葉書を送り続けたの」

ふたりの暮らしに終わりを告げ、出て行ったマリを恨んだ時期もあった。

4年という歳月をかけて、マリへの感情は徐々に穏やかなものに移り変わって行った。

そして、今は心からマリの幸せを喜べるようになった。


「彼が、韓国で初めて踊るステージに、インスが照明監督として関わる・・・これも、不思議な縁よね」

マリがしみじみと言った。

会ったことのないマリの夫が、ステージ上で躍動する姿が目に浮かんだ。

実際に目の当たりにした時、彼にどのような色の光がふさわしいと、僕は感じるのだろうか。


                 

「あれから・・・会ってないの?」

マリが、誰のことを言っているのか解っていた。


「ねえ、答えて」

「聞いてどうする?」

「インスには、幸せになってほしいの」

「捨てた男の行く末が心配?」

「真剣に言ってるのよ」


「会っていない」

「どこにいるかも・・・?」

「知らない」

「どうして知らないなんて簡単に言えるの?」

「5年も経ってるんだ。いまさらどうなるものでもないだろう」


僕は、腕時計を見るふりをした。

「もう時間だ」

テーブルの上の伝票を掴もうとした手をマリが押さえた。


「元気に育っていたら、マミより大きくなっているはずよ」

僕は、マリの膝枕で眠り続けているマミを見た。

「結婚しない理由は、今も心の中にユキさんがいるからよね?」


マリが次の言葉を言おうとした時、僕の携帯が鳴った。

「打ち合わせが始まる。君はどうする?」

「私も、行くわ。会場のロビーで、両親と待ち合わせてるの」


会計を済ませて、後ろを振り向くとぐずぐずしている様子のマミが見えた。

寝ているところを無理に起こされて機嫌が悪いのだろう。

僕は、カフェの隣に手作りクッキーの店があることを思い出した。


「マミちゃん、パパにお土産を買おうか?」

僕は、マミの手を引いて、カフェの外に出た。

動物の形のクッキーを買ってあげると、マミはすっかり機嫌を直してニコニコしていた。


「知らない人が見たら、まるで親子ね」

マリが何気なく言ったひと言。

その言葉どおりに、僕たちを親子だと思った人がいた。


通りをはさんだ向こう側に、ユキがいたことを僕はまったく気づかなかった。



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